まちゅりのジンコウ。

独白 しあわせのために決めたこと

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私は今、周りからしたら、すごく異質でよくわからない生き物になっているのだろうな。

部課長がいる会議で、普通の新人にはできないような、自分の意見を主張するプレゼンを平然とする。
直談判して、部長に直接文句を言う。
19:00になると「これ以上は残業できません。」と言って帰ってしまう。

今の職場の人たちはみんな良い人たちだ。
ずっと社会人として生きてきて、きっとたくさんの問題を抱えながらも、それをなんとか乗り越えてきたんだろう。

だからこそ、きっと職場の人たちにとって私は、嫌な奴なんだ。

何も知らない若者が、わがままを言っているだけだと思っているのかもしれない。

でも、私はそれでいいと思ってしまっている。
私は間違っているだろうか?
きっと、視点が変われば間違っていると思われるのだろう。

でも、やっぱり、私はこんな私が好きだ。
こんな私が、好きで仕方ない。

正しいとか間違ってるとかじゃないんだ。
他人に否定されようとも、一度好きになってしまったものは好きなままなんだ。

自ら問題に首をつっこみ、自分の首をしめている。
私は首がしめられているとわかっていても、笑っていられる。
「苦しいじゃないか」と文句を言いながら、自分の信じる道を進もうとしている。

そういう自分が、誇らしい。

かっこよくて仕方ない。

涙があふれるほどに、こんな自分になれたことが誇らしい。

そして今、私は孤独じゃない。

信じられる友人がいる。
過去を許せる家族がいる。
なにより、私よりも私を理解してくれる、大切な恋人がいる。

どれだけ心強いか。

そう思える今が、しあわせなんだ。

だから今を大切にしたい。

今まで、私を大切に想ってくれていた人たちをぞんざいに扱ってきた分、大事にしたいと思ってる。

私の行動に制限をかけようとする人はひとまずおいといて、私は私が大事にしたいと思う人を大事にしたい。

そして、その、私の気持ちを大切にしたい。

私は私を大切にしたい。

私は私をしあわせにしたい。

私がしあわせじゃないと、周りの人のしあわせを願えないから。

私は、私が器の大きい人間ではないことを知っている。
自分がしあわせじゃないときに、他人のしあわせを願えるような人間じゃないことを知っている。

だから、私は他者のしあわせを願える人間であるために、私を最優先にしあわせにする必要がある。

他人からしたら、わがままで自分勝手に見えたのだとしても
そんな私を否定する人たちが私をしあわせにしてくれるわけじゃない。

気持ちを我慢して、上っ面のやさしさをふりまくのはやめにしたんだ。

「自分は優しくなんかない。これは偽善なんだ。本当はやりたくなんかないんだ。仕方なく優しくしているんだ。」と思って、自分を否定しながら生きるのはやめにしたんだ。

後になって「あんなに良くしてやったのに」と見返りを求めるくらいならば、私は最初から、偽りのやさしさを与えない。

偽りのやさしさは、与えれば与えるほど、自分がすり減るだけだった。

それじゃあしあわせになんか、なれるはずもないんだ。

だから私は私をしあわせにするために、私の気持ちや感情を大切にする。

私の気持ちを、尊重する。

それでいいと思ってる。

むしろ、それがいいと思ってる。

これが後悔しない生き方だと信じてる。

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